診断望むも前途多難

先日に起こった議論で、ASD傾向に気がついた夫。

 

次に何をするかといえば、やはり「医療機関での診断を受けるか否か」ということになる。
私はそうなることを見越して、ある程度関連機関と医療機関を調べておいた。

 

実弟発達障害を自覚し、色々と手立てを探っていた頃より、成人以降の発達障害診断をする機関が増えている。
ありがたい限りなのだが、いかんせん地方都市。「新患の受け入れ中止」や「小中学生まで」と限った所の方がはるかに多く、二人で落担した。

 

そんな中、新患でもとりあえず受け入れて貰えそうな病院が一件だけ見つかる。
「そこで診断をおねがいしてみたらどうだろうか?」と夫に勧めてみた。該当病院の医師の経歴・実績も申し分なさそうで、夫も納得した。
その2、3日の内に申し込みすればよかったのかもしれない。
しかし、夫も診断についてはきちんと考えたいようであったし、その時期は夫の仕事が佳境に差し掛かっていた時期にも当たっていた。そのため、実際病院に予約問合せをしたのは、それから1か月程後になってしまった。

 

該当の病院は問合せや予約は電話でしかできないとのことなので、時間をみて夫が病院へ予約前提で問い合わせる。
暫くして予約できたか尋ねると、「できなかった」と言う。
びっくりした。予約ができないというのはどういうことなのだろう。

 

どうやら、この病院は月初で1ヵ月分の予約を取るらしく、月末差し掛かる頃に電話をかけたところで来月の予約すら取れないというのだ。しかも月初の予約でも数時間で即日埋まってしまうという説明を受けたという。
私が20年以上前に精神料カウンセリングに通っていた頃とは、すっかり様相が変わってしまったのだなと思う。それだけ精神科が世間に浸透し、必要とする人が多いということの裏返しなのだろう。予約がとれないことは想定外だったが、仕方がない。

 

ただ、夫が電話した際に引っ掛かったことがあったと言う。
電話受付担当の方が精神科の窓口と思えない程冷たくて、ぶっきらぼうな対応だったとのこと。
実際私が聞いているわけではないので分かり兼ねる所はあるが、精神科の電話対応で正直冷たくぶっきらぼうというのは考えにくい。そのように考えつつも「もしかしたらそういう問合せがこの日は多くて、うんざりしてたのかもわからんし、たまたま受付に不慣れな人が対応したのかもしれないよ」と夫に伝える。
私自身もそのような対応を受けたことがあり、実際多忙そうにせかせかしている現場を見たことがあるからだ。
そのように伝えると夫も納得したようだった。


ただ夫は「精神科初心者」なのだ。相当な意を決して、今回の予約問合せ電話をしているのである。
それを思うと、電話でのやり取りを想像してしまい酷く心が痛む。やはり、あのような対応はないだろう。

 

「ファーストインプレッションが悪すぎて、この病院に再度問い合わせる気にはならないな」と夫が言う。それは無理もない。

 

そんなわけで、とりあえず医療機関での診断は先送りせざるを得なかったのある。

夫、ASD(グレーゾーン)と悟る

冬の足音が近づく、2021年11月半ば。
とあるニュースがきっかけで、口論になった。
夫がニュースの内容の意図がつかめなかったという。

 

「言い方で人を追いつめる」という感じの内容だったと思うが、はっきりと憶えていない。
ただ、これが議論のきっかけになり、夜中まで話合うことになる。

 

「言い方で人を追いつめる」ことに関して、夫は困ることがあるという。
それが「追い詰めているつもりはないが、追い詰めているように捉えられてしまう」ということ。
仕事中1対1での対話の時に起こることが多く、夫としてはどうしたらよいかわからないという。
夫にいわせると「単純に疑問に感じるから、ただ素直に分からないことを尋ねているだけ」らしい。

 

「疑問に感じていたとしても、その言い方にもよるんじゃないの?」
「その『言い方』っていうのがわからない。」
「『自分ならどう言って貰うと”楽になる”とか”ちゃんと聞こう”』みたいなこととかないの? そういうところから『詰める詰めない』みたいな認識が生まれると思うんだよね。」
「……??……言ってる意味が全くわからない。自分の中で追い詰めているつもりはない。
『追い詰める』とは、ひどくガナりながら言うものだよ。自分はガナったり荒げたりする言い方はしていない。だから自分のやっていることは「追いつめる」ことではない。
夫は何食わぬ顔でそのように言うのである。

 

『ガナらないから追い詰めない』ということにはならないよ。淡々と言われても追い詰められる時は追い詰められるんだよ?」
「説明してるのに聞いてないから何回も言うし、何回も言わないといけないのは聞いてない相手が悪い。」
夫ははっきりと言い切った。そこで私は、ついに声を荒げてしまうのである。
かく言う私自身も夫から追い詰める言い方をされた経験があり、悲しい気持ちになったことがあるからだ。

 

「ガナることだけが追い詰めることにはならないよ!淡々と外掘を埋めるように質問責めにされることも!聞いてないとされることも!辛いんだよ!!人によっては聞いてたとしても、頭に入ってこない話もあるんじゃないの!?そうした背景があることを考えることはできないのっ!?」

現に、私は詰めた言い方をされると思考がフリーズしてしまう。頭に入るものも入ってこないし、何を伝えてよいか言葉を失ってしまうのだ。
それは、私の実家時代に詰める言い方をされ続け、辛いと感じた経験に因るもの。感極まってしまい、涙ながらに私の方が夫を詰めるような言い方になってしまった。

 

「自分は単純に疑問が生まれるから、その気持ちに忠実に尋ねているだけ。それが『詰めることになる』とは考えたことがなかったし、そんな認識がない。初めてそんなこと言われた……。」
そして夫は続ける。
「ただ、自分以外がそういう風に感じているのなら、そうなのかもしれない……。」

 

自分が人と違う認識をしているという自覚が全くなかったのだと言う。
一般的にちゃんと伝えたいと思うのであれば、もう少し思いやりを持ち、言葉を選ぶ必要がある伝えた。
その上で「可能であれば、その人の背景も想像し、考えながら尋ねた方が良いのではないか」と提案してみた。
私の提案に夫が続ける。
「その『想像』っていうのができないんだ。どういうことなのか分からない……」


これを聞いて、私はもう一つ提案してみることにした。
提案というより、あるサイトの紹介だった。それが簡易的な「ASD診断サイト」である。

もう今、このタイミングで伝えないと、夫には伝えられないし伝わらないような気がした。
夫は黙々と診断向かっている。夫が入力する間、私も試しにやってみる。

深夜も押し迫っていたものの、時間をかけて入力を済ませ、診断結果を表示させる。
やはり夫にはASDの傾向があることが分かった。私が思った通りだった。(因みに私は傾向はなかった。)


「まさか自分が該当するなんて……。」
夫は随分驚いた様子だった。
転勤前の職場に明確にそのような傾向のある「困り感」のある人がいたため、発達障害という存在は知っていた。しかし夫自身がそれに当たるとはつゆも思わなかったらしい。

 

そして、夫は続ける。
「自分でも『何か人とは違うなあとか変わってるよなあ』という自覚はあったけど、その原因は何なのかずっとわからなくて『そんなもんなのか』と思っていた。でも、この診断で自分自身の謎が解けたみたいで嬉しい。」

私は正直ホッとした。逆上するかもしれない懸念も捨てきれなかったからだ。
診断結果を想像以上にプラスに捉えてくれたことにありがたさを感じた。
元来の、夫が持つ素直な性格が功を奏したと言えるだろう。


「悪い風に捉えてなくて安心した。よかった……診断勧めて……。」
安心したら、泣いて声を荒げた反動で睡魔が襲ってきた。
「話すことまだ一杯あるけど、今日は遅いからこの辺にしとこ。疲れちゃった……。」


深夜の冷えも二人で躍起になっていたせいで気づかないまま、床についたのだった。

 

 

夫を初めて「ASDグレーゾーン」と疑ったとき⁺α

夫を初め「ASDグレーソーン」と疑った、あの時。

このことを語る前に夫との出会いについて、触れておくのが先だろう。

 

夫と私は某マッチングサイトで知り合った。
夫のプロフィールに興味を持ち、「いいね」的反応を私から投げたことがキッカケだったと記憶している。

それからメールをやり取りし、実際会うようになったのは必然のことだった。
それなりに違い所に住んでいたため(車で6時間)、月に1度のペースで双方の中間地点の街で会うようになっていた。

 

ユニークで余り身近にいないタイプの人だなとは思っていたものの、メールのやり取りや月1回会う際に、特段違和感を感じたことはなかった。
寧ろ長子同士ということもあるのか、「ウマが合う」ことが嬉しかった。
ただ不思議だったことが、私の実家事情を話しても引くことなく、冷静に受け取めてもらえたこと。(大抵話すと絶句されるか、引かれるかどちらかだった。)
不思議な人だなあと思いつつ、私に起こった出来事を真正面から受け止めてもらえたことの喜びの方が勝っていた。


「冷静に人間関係を捉えることができる人」である夫とは、うまく関係性を築くことができていた。
正式にプロポーズを受けた翌月に会った際、それとなく将来のことを話したことがあった。子供を持つか持たないかの話である。

 

今でこそ「子は持たない」としっかり話し合って決めてはいるものの、結婚前の私は少々浮かれていた。
そんなこともあり、「持ってみたいなあ」みたいなことをポロっと口にしてしまった。
すると夫は「自分は子供は望まない」ということを理由を含め淡々と話し始めたのだ。
余りにもはっきり否定されたので、当時の私はすごくショックを受けてしまった。

 

「そこまではっきり言わなくてもいいのに」
その日の帰り、少し泣けてしまった。何でこのことにまだ結婚前なのにはっきりと否定できるのだろう。それ以外は何の申し分もないステキな人なのに。
夫に対して最初に不穏を感じたきっかけだった。

 

ただ、不穏に感じただけでこれでASD(グレーソーン)だと疑ったわけではない。
しかし何となく、結婚後にうまくやっていけるのか不安になってしまったのだ。

 


それでも数か月後、私は結婚の為に一旦夫の暮らす街に生活の拠点を移した。
その後すぐに夫の両親へのご挨拶、同棲結婚と数か月の内に段階を踏むのだろうと思っていたのだが、驚くほどに上手くいかなかったのである。(実際、入籍迄1年以上かかることになる……)

 

夫本人からすると、色々とタイミングを図っていたようだった。
そのことは結婚後に知ることになるのだが、私が思い描いた「一般的な結婚の流れ」と「夫の考えていた結婚への流れ」とは大きく違っていたことに戸惑いを隠せなかった。(ただ、タイミングがグズグズだったおかげで私自身の特性を知り得て、夫の理解も得られたので、結果オーライではあった。)

 

無事に義家族にご挨拶を済ませ、入籍を迎えるまで指折りになったある日のファミレス。
そこで、夫が幼い頃に起こったことを教えてくれた。

周囲になじめず、不遇だった子供時代を訥々と。

 

周りに馴染めるように自分なりに努力はしたが、逆効果だった、と。
両親に訴えても「自然に馴染んでいくもの」としか言われず、違和感を持ちつつも全く疑うことがなかった、と。
学校には「行くだけ」で何も身に入らなかったし、自分の中に何も残っていない、と。

 

これまで一切他人に話すことなく封印し続けた、夫の事実。

 


「ああ、これは…」
何となく、過去に実弟対応のために読んだ本の内容が浮かんだ。あの本の中身に何か似てる。
この一連の話を聴いて初めて、夫がASD(グレーゾーン)ではないかと疑った。

 

ただこの場では言えなかったし、言うべきではなかった。
長い間他人に話すことなどなかった、そんな抱えてきた思いを意を決して話してくれているのだ。

「夫さんが悪いわけではない。土地に夫さんが合わなかったんだ。」

この一連の話中で一番無難な落としどころはこの点しかない。
「血縁のある家族でもソリが合わない」ことを知っている私は、考えに考えてそう伝えた。

 

「夫さんにも少しは理由がある」なんてことは口が割けても言えなかった。
色々考えながら聴き、夫が置かれてきた状況とまさかのASDかもしれないという思いが複雑に交錯し泣けてきた。

 

実家から解放されると思っていたのに、思いもよらないところに「似たような繰り返しポイント」が発見されるなんて……と心の中で苦笑いするしかなかった。

「まあ、そういう星回りなのかもしれないな……」

 

 

私はここで「グレゾ夫」と向き合うことに腹を決めたのだった。

夫婦紹介


夫・ASDグレーゾーン
(グレーゾーン夫=グレゾ夫)

親の仕事の都合で閉塞的な地方の町で育つ。

 

夫の両親は隣県の県庁所在地出身。
その為か地縁のなさ故、幼少期~学童~青年前期まで人間関係の構築ができないまま「合わない土地」で暮らす。

 

大学進学で育った土地から離れ、卒業後は観光系サービス業に従事。

 

現在は父母の地縁の出身地で地縁のある県庁所在地の会社員として勤務。

 

会社の社風に合っているおかげでうまくやれていたが、転勤先(リモート勤務)で今まで感じたことのない「違和感」を感じるようになる。

 

妻の指摘により、自身がASDグレーゾーンではないかということを知る(未診断)。

 


妻の最大の理解者。

 

妻・HSP(デリケート妻=デリケ妻)

辺境田舎出身、実家家族が発達障害傾向。
ASD(未診断・自覚あり)の弟から暴力を受け、LD/ADHD傾向の母(未診断)にはどうすることもできず、ASD(未診断)の父は無関心という家庭で育つ。

 

高3で紹介してもらった臨床心理士より「アダルト・チャイルド(AC)」と諭され、心理系大学を志望するも叶わず、専門学校へ進学。

 

専門学校卒業以降、非正規勤務を数々渡り歩く。

 

2000年代半ば、既に成人した弟の行き詰まりから自ら「アスペルガー症候群かもしれない」という旨を告げられ、初めて「発達障害」という存在を知る。

 

結婚の為、夫の住む土地に出てきた際、ひょんなことから「HSP」という概念を知り、該当することに気付く。

 

専門学校卒業後も変わらず心理職を志望していたが、挫折。傾聴系ボランティア経験者。

 


実家での経験を踏まえ、「夫の理解者であろう」と心掛けている。

開設に当たって


現在、別途雑記(エッセイ)ブログを運営しておりますが、書いていくにつれ、夫の気質に対する気付きについて書いてみたいと思うようになりました。

 

既に運営しているブログでも数記事触れておりますが、自分自身に起こったことを綴る記事と夫との生活における気付きについて綴る記事はブログ毎に分けて運営する方がよいと判断しました。

 

よって、現行ブログは私自身(の過去の振り返り含)のことに特化し、新設ブログには夫婦になってからの気付きや「現在」を綴って参ります。

 

 

※尚、このブログの内容は全て夫に確認許諾を得て公開しています。